大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)736号 判決

上告人

摂津造船工業株式会社

右代表者

中井四郎

右訴訟代理人

松本正雄

畠山保雄

田島孝

明石守正

山本荒大

被上告人

三重県

右代表者知事

田川亮三

右訴訟代理人

吉住慶之助

右指定代理人

安達常太郎

外六名

右補助参加人

大協石油株式会社

右代表者

中山善郎

右訴訟代理人

樋口俊二

相良有一郎

下島正

伊藤恵子

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人松本正雄、同畠山保雄、同田島孝、同明石守正、同山本荒大の上告理由について

原審は、(1) 訴外四日市築港株式会社は、さきに三重県知事から四日市市内午起海水浴場地先公有水面二〇万余坪につき公有水面埋立法(昭和四八年法律第八四号による改正前のもの。以下同じ。)二条による埋立の免許を得ていたが、その埋立権(以下「本件埋立権」という。)を訴外浦賀ドック株式会社に譲渡し、昭和二〇年六月二日三重県知事から同法一六条による譲渡の許可を受けた、(2) 浦賀ドックは、本件埋立権に基づき本件土砂区域三万七五八四坪にその所有にかかる土砂を投入し、そのうち約三万坪については平均満潮位を越える高さまで埋め立て、ほぼ陸地状をなすに至つたが、護岸堤防等の施設はなく、埋立工事は未完成のままこれを中止した、(3) 浦賀ドックは、昭和二三年頃産業設備営団に対する債務の代物弁済として、本件埋立権及び本件土砂区域に所在する投入土砂(以下「本件土砂」という。)を含む同社四日市造船所の財産の一切を譲渡し、翌二四年一一月一日産業設備営団は、上告人に対し右の財産一切を代金一三五〇万円で売り渡した、しかし、これらの埋立権の譲渡については公有水面埋立法一六条の許可を受けていなかつた、(4) 本件埋立権は、竣功期限を徒過したため昭和二九年四月五日限りで失効した、(5) 三重県知事は、昭和三二年一一月二日被上告人に対し、本件土砂区域を含む二〇万七〇〇〇余坪の公有水面の埋立免許を与え、被上告人は、埋立工事を完成して昭和三七年二月一六日三重県知事から公有水面埋立法二二条の竣功認可を受けた、右工事は、本件土砂区域については、その全般にわたつて一メートルないし五メートルの高さに盛り土をして陸地として完成させたものである、(6) そして被上告人は、埋立地の一部を訴外中部電力株式会社に、その余を被上告人補助参加人に売り渡した、以上のとおり認定したうえ、(一) 公有水面はその地盤を含めて国の所有に属するものであるところ、埋立のため公有水面に土砂を投入したときは、その土砂は量の多少にかかわらず不動産である公有水面の地盤の従としてこれに附合した物というべきであり、かつ、それは地盤の構成部分となつて独立の権利の対象となりえないものであるから、右土砂は民法二四二条本文の規定により投入とともに地盤所有者たる国の所有に帰するのであつて、本件土砂を投入した浦賀ドックに埋立権があつても同条但書の適用の余地はなく、浦賀ドックは本件土砂の所有権を有しないから、前記浦賀ドックの財産の転々譲渡に伴つて上告人が本件土砂の所有権を取得したものとはいえない、(二) また、仮に浦賀ドックに本件土砂の所有権が認められるとしても、その所有権は埋立権とは別個にこれを取引の対象とすることはできず、ただ埋立権の移転とともにのみ移転すべきものであるが、浦賀ドックから産業設備営団へ、同営団から上告人への本件埋立権の譲渡についてはいずれも公有水面埋立法一六条の許可を受けていないから、本件埋立権は浦賀ドックにとどまり、これに随伴すべき本件土砂もまた同社の所有のままであつて、上告人が本件土砂の所有権を取得したものとはいえない、(三) そして上告人の本訴請求は、上告人が本件土砂の所有権を取得したことを前提とするものであるが、こと前提が認められない以上いずれも失当である、としてこれを排斥している。

しかしながら、(一) 公有水面を埋め立てるため土砂を投入した場合でも、未だ埋立地が造成されず公有水面の状態にある段階においては、右の土砂は公有水面の地盤と結合しこれと一体化したものとしてその価値に格別の増加をもたらすものではないのが通常であり、また、埋立地が造成されてもそれが公有水面に復元されることなく土地として存続すべきことが確定されるまでは、なお右の土砂は公有水面埋立法三五条一項に定める原状回復義務の対象となりうるものと考えられること等に照らすと、右の土砂は、その投入によつて直ちに公有水面の地盤に附合して国の所有となることはなく、原則として、埋立権者が右の土砂を利用して埋立工事を完成し竣功認可を受けたときに、公有水面埋立法二四条の規定により埋立地の所有権を取得するのに伴い、民法二四二条の不動産の附合の規定によつて直接右の土砂の所有権をも取得するまでは、独立した動産としての存在を失わないものと解するのが相当である。そして、(二) 右の投入土砂の所有権は、埋立権の存否及び帰属とはかかわりのないものであるから、その所有者は、埋立権とは別にこれを譲渡することができるものと解すべきである。しかるに原判決は、右と異なる見解に立つて上告人の本件土砂に対する所有権の取得を否定したものであつて、ひつきよう、原判決には不動産の附合及び所有権に関する民法の規定の解釈を誤つた違法があるものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、被上告人が埋立工事を完成して竣功認可を受け埋立地の所有権を取得しているところ、その前に上告人が本件土砂の所有権を失つているか否か、また、右竣功認可のときまで上告人が本件土砂の所有権を有していたとすれば、竣功認可のときに上告人が右所有権を失い、被上告人が埋立地の所有権を取得するについて、被上告人に法律上の原因があるか否か等について、さらに審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人松本正雄、同畠山保雄、同田島孝、同明石守正、同山本荒大の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな、民法二四二条等の解釈適用の誤りがあり、破棄を免れない。

第一、原判決は、上告人の本訴請求を排斥する理由の一として、まず、

「およそ、公有水面はもとよりその地盤も国の所有に属するものであるところ、埋立のため右地盤に土砂を投入したときは、該土砂は、量の多少にかかわらず、不動産たる地盤の従としてこれに付合した物というべく、かつ、それは地盤の構成部分となつて独立の権利の対象となりえないものといわなければならないので、民法二四二条本文により右土砂は投入とともに地盤所有者たる国の所有に帰し、同条但書適用の余地はないものと解すべきである。公有水面もその地盤も一般には公共の用に供される物ではあるが、そのことのゆえをもつて同条の適用が排除されるべきいわれはない。」

と判示しているが、しかしこの解釈は民法二四二条、公有水面埋立法三五条の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

その理由は以下にのべるとおりである。

一、民法二四二条の解釈の誤り

(一) 一般に、民法二四二条に関して、土地の附合の例として論じられるのは、寄州であるが、それについては例えば「河川における寄州作用により、沿岸地の所有権は拡張すると解された。これらが、不動産の附合の起源であり近世諸法典はいずれも所有権取得の一態様として不動産の附合について規定を設けている」(注釈民法(7)、二八三〜二八四頁)とあるように、ここで附合を生ずる土地とは沿岸地の土地を指し、河川の敷地を指すものではないことが明らかで、この点多言を必要としない。

現に、登記の取扱先例も、寄州はそれに接続した土地への附合であり、その一部となつたものであるから、接続する既存土地の地積の増加として取扱うべしとしていて(昭和三六・六・六民事三発四五九民事局第三課長回答、先例集Ⅲ五六九頁)、右の解釈は確定した通説として、疑いがないのである。ところが原判決は、埋立のため投入した土砂は不動産である地盤に附合するというのであるが、これは右の確定している解釈に明らかに反する。

(二) いうまでもなく、近代取引法としての民法上の附合理論の趣旨とするところは、近代取引法上の根本理念の一つである一物一権主義の貫徹とその結果の私的所有者間における利害調整にある。従つてそこで、附合の対象となる不動産とは、当然私的所有権の対象となりうる不動産であり(換言すれば、民法八六条一項所定の不動産をいう)、私的権利の成立しえない河川の敷地(旧河川法第三条が「河川並其ノ敷地若ハ流水ハ私権ノ目的トナルコトヲ得ス」というのに対し、現行河川法二条二項は「河川の流水は、私権の目的となることができない」と規定するにとゞまるが、意味を異にするものでないことは明らかであろう)などは、問題となりえない筋合といわなければならない。

そして、本件における公有水面下の海底地盤は、右の河川の敷地と同様に、私権の目的となりえないものの代表的なものであり、従つてそれが民法上のあるいは民法上の不動産を対象としての公示制度を定める不動産登記法の「土地」ではないことは広く承認されているのである(例えば、幾代通「不動産登記簿〔新版〕二八頁。)

(三) 以上要するに、本件の如き公有水面下の海底地盤は、民法二四二条にいう不動産に該らない。従つて、埋立のため投入された土砂については、接続沿岸土地への附合を考えるならともかく、地盤への附合はありえないといわなければならない。

原判決が何ら理由も付することなく漫然と「公有水面もその地盤も一般には公共の用に供される物ではあるが、そのことのゆえをもつて同条の適用が排除されるべきいわれはない」と述べているのは独断のそしりをまぬかれず、民法二四二条の解釈を誤つた違法がある。

二、民法二四二条の適用の誤り

(一) また原判決は、「民法二四二条本文により投入土砂は投入とともに地盤所有者たる国の所有に帰し、同条但書適用の余地はないものと解すべきである」、「本件土砂区域については前記認定のとおり浦賀ドックが埋立のため土砂を投入したものであるから、それとともに右土砂は当然国有に帰したものというべく、浦賀ドックが当時埋立権を有し、同条但書にいう権原のある者であつたことによつては右結論を左右するものではないというべきである。」というが、仮に公有水面下の海底地盤が民法二四二条にいう不動産に該り、且つ投入土砂が地盤の構成部分となつて独立の権利の対象となりえないとしても、こゝに民法二四二条を適用したのは誤りといわなければならない。

即ち、もし埋立のため投入された土砂について附合が問題となるならば、民法附合法の特別法として公有水面埋立法三五条があり、同条がこゝに適用されるべきだからである。

(二) 即ち、公有水面埋立法三五条は免許失効後の原状回復義務を規定し、「免許ヲ受ケタル者ハ埋立ニ関スル工事ノ施行区域内ニ於ケル公有水面ヲ原状ニ回復スヘシ」としたうえ、特定の場合の原状回復・義務の免除と、この免除の場合における「工事ノ施行区域内ニ於ケル公有水面ニ存スル土砂其ノ他ノ物件」に関する無償取得処分を規定しているのであるが、この規定は埋立のために投入された土砂が埋立権者の所有に属するものであることを明示しているのである。

要するに、埋立のための投入土砂については公有水面埋立法三五条によつて規律されるべきで、民法二四二条をこゝに適用して附合を論ずるのは誤りといわなければならない。

原判決は、公有水面埋立法三五条は、民法二四二条の適用を排除するものではない理由として、公有水面埋立法三五条の解釈論をのべているが、それは公有水面埋立法三五条の明文に反するのみならず、次項にのべるとおり同条の解釈の誤りによるものである。

三、公有水面埋立法(この項においては以下単に法という)三五条の解釈の誤り

(一) 法三五条をその構成・文理に即して解釈すれば次のとおりである。即ち、

同条一項本文は「埋立ニ関スル工事ノ施行区域内ニ於ケル公有水面ヲ原状ニ回復スヘシ」と規定する。その文理及び公有水面の管理という法の目的からみて、右の原状回復が公有水面を埋立工事着工前の状態に戻すことを意味するのは明白であり、これが原則である。

そして、同条一項但書は例外として、特定の場合における右原状回復義務の免除を認め、同条二項はこの場合において原則たる一項本文の目的を形を変えて達成しうるようにするため手当て措置を設けたものである。

右にみた同条の構成からみて、二項に定める国の無償取得処分の対象となる「埋立ニ関スル工事ノ施行区域内ニ於ケル公有水面ニ存スル土砂其ノ他ノ物件」とは、一項本文の原状回復義務の対象となるもの、即ち公有水面を埋立工事着工前の状態に回復するためには撤去しなければならないものを指すことは明白である。即ち、本件で問題となる埋立用投入土砂は明らかに右対象物件に含まれているのである。如く解することは、対象物件を「土砂其ノ他ノ物件」と表現し、その代表例示として「土砂」を掲げる二項の文理にも良く合致する。

従つて、法三五条二項は、所定の処分がなされるまでは埋立用投入土砂を含めて「土砂其ノ他ノ物件」の所有権が当然埋立工事施行者に属していることを前提とした規定である。

(二) 然るに、原判決は、「右埋立法の条項(注・法三五条二項)はさように民法二四二条の規定の適用を排除する趣旨のものと解すべきではなく、この条項は当該施行区域内に存在する土砂その他の物件のうち、その所有権が埋立工事施行者に保留されている場合について定めたもので、本件土砂区域のごとくこれが付合により国の所有に帰し施行者の所有権を保留する余地がなくなつた場合には、事の当然として同条一項所定の原状回復義務すら存しないと解すべきであつて、同条二項適用の余地はないものというを相当とする。」と判示している。

この法三五条に関する原判決の解釈は左のとおりきわめて不当なものである。

第一に原判決によれば、法三五条は「当該施行区域内に存在する土砂その他の物件のうち、その所有権が埋立工事施行者に保留されている場合」に関するもので、投入土砂の如く地盤に附合している物については原状回復の対象とならないというのであるが、かような限定は明文に合わないだけでなく、法三五条の趣旨目的にも相応しない。

第二に「土砂その他の物件のうち、その所有権が埋立工事施行者に保留されている場合」とは何を指すのかきわめて不分明であるといわざるをえず、原状回復義務の範囲、無償取得処分の対象範囲を画する規律となりえない。

第三に、原判決の解釈によると法三五条二項の無償取得処分の対象となるのは、附合して国の所有となつた土砂などではなくて、「土砂その他の物件のうち、その所有権が埋立工事施行者に保留されている」ものというおかしな結果になる。

法三五条二項にいう取得処分の対象となるのは、まさしく海中に投ぜられて原状回復の必要がないとかあるいは原状回復の不可能と認められる土砂その他の物件であろう。附合もせず、その所有権が埋立工事施行者に保留されているようなものを無償で国が取得する理由も必要も見当らない。

原判決は、明言しないがこれら附合土砂について法三五条二項の適用がない結果、民法二四八条による償金請求が可能であるというのであろうか。

要するに、原判決の法三五条に関する解釈は誤りである。それは、法三五条が民法二四二条の適用を排除するものではないという前提から出発して法三五条を解釈したために生じているのであつて、この点に関する原判決の思考は、本末転倒の誤りを犯しているといわなければならない。

(三) 埋立権にもとづく投入土砂については、まず公有水面埋立法によつて規律されるべきである。

しかるところ、投入土砂及び投入の結果そこに生ずる埋立地については、民法二四二条による附合の成否を論ずるまでもなく、当然埋立工事施行者にその所有権は帰属していると解さなければならない。

もし、原判決の如く、投入土砂は国の所有たる地盤に附合すると考えると、そこに生成する埋立地も国有となり公有水面埋立法二四条の竣功認可による埋立権者の埋立地所有権取得は国からの移転によるものと説明せざるをえないこととなるが、かような構成は概念的にすぎ埋立事業の実態には到底合わないし、竣功認可前埋立地の使用権に関し「同条本文(注・法二三条本文)に基づき埋立権者が竣功認可前において埋立地を使用する権利は埋立工事を行なうために必要な限度にとゞまらず、埋立地を完全に支配し、埋立の目的に反しないかぎりこれを自由に使用しかつ収益しうることを内容とするものであつて竣功認可後に取得すべき所有権と実質において異ならない内容のものと解すべきである」とのべている昭和四七年一二月一二日最高裁判例(最高裁判所民事判例集二六巻一八七七頁以下)の趣旨にも相応しない。

四、民法二四二条但書の解釈適用の誤り

仮に本件投入土砂に民法二四二条の適用があるとしても、原判決がその但書の適用を否定しその本文を適用したのは誤りである。

原判決は、「それは地盤の構成部分となつて独立の権利の対象となりえないものといわなければならないので、民法二四二条本文により右土砂は投入とともに地盤所有者たる国の所有に帰し、同条但書適用の余地はないものと解すべきである。」、「浦賀ドックが当時埋立権を有し、同条但書にいう権原のある者であつたことによつては右結論を左右するものではない」と判示する。

確かに判例・通説によれば、民法二四二条但書について、「附属させた物が不動産の構成部分となり、独立の所有権の存在を全然認めることができないような場合には、民法二四二条但書の適用がないとされている。しかし、独立性があるかどうかは、社会経済的な観念だから、附合させた時には独立性がなくとも、後に独立性を取得しうることもあり得るのであつて、例えば播取した種子や植えつけた苗は、後に成熟した時に独立性を取得する。」(我妻栄「物権法」二〇六頁)、「播取され、植えつけられた当時は、独立の存在は全然なく、土地に附合するが成熟すれば独立の存在をも取得し、収益権者の所有となる。」(同二〇五頁)との理論は広く承認されているところである。そして先に指摘したとおり、前掲最高裁昭和四七年判決は、竣功認可前といえども(即ち公用廃止前といえども)事実上土地となつた埋立地に対する権利が損害賠償の基礎となりうるという意味で法的保護に値いする独立性を有するものとして存在することを承認したものである。

従つて原判決が、右の確立した理論を無視して事実上土地となり独立性を有するに至つている本件係争物件(原判決において「本件土砂区域」と表現されているもの)につき民法二四二条但書の適用(なお、埋立権が同条の「権原」に該ることは明らかである)の余地がないとしたのは、明らかにその解釈適用を誤つたものである。

第二、原判決は、上告人の本訴請求を排斥する理由の二として、

「埋立のため投入された土砂又は埋立により事実上造成された土地につきよし控訴人主張のような権利(所有権)が認められるとしても、その土砂又は土地に対する権利は、埋立権を離れては考えられないものであつて、埋立権とは別個にこれを取引譲渡の対象とはなしえず、ただ埋立権の移転とともにのみ移転すべき性質のものというべきである。」としたうえ、「埋立権は、浦賀ドックから営団へ、営団から控訴人へと順次譲渡する各契約がなされたことは前記認定のとおりであるものの、右各譲渡について、いずれも知事の許可を受けた事跡を認めるべき資料はなく(しかも前記のとおり右埋立権は後日失効した。)、右各譲渡の有効なることを認めるに由ないものであるから、これと随伴すべき本件土砂区域の所有権も、依然浦賀ドックの保有にとどまり、営団及び控訴人に移転することはなかつた筋合のものといわなければならない。」とし、結論として、「してみれば、右主張(注・本件土砂区域の所有権を控訴人が取得したとの主張)を前提としてなす控訴人の本訴各請求はその余の点を判断するまでもなく理由を欠くものとして棄却を免れない。」と判示しているが、しかし、この解釈は公有水面埋立法一六条、民法七〇三条の解釈適用を誤つたものといわなければならない。その理由は以下に述べるとおりである。

一、公有水面埋立法(以下単に法という)一六条の解釈適用の誤り

(一) 原判決は、法一六条を適用して、本件係争物件(所謂「土砂区域」)につき、三重県知事の譲渡許可を受けていないから、その所有権は依然浦賀ドックの保有するところであるとして上告人の所有権を否定したのであるが、これは法一六条の解釈適用を誤つたものである。

(二) 法一六条は埋立権の譲渡に関する規定であつて、投入土砂あるいは本件の如き造成された事実上の土地については何ら規定していない。

それにもかゝわらず原判決は、「その土砂又は土地に対する権利は、埋立権を離れては考えられないものであつて」という一句をもつて、法一六条を投入土砂等についても適用する理由とするのであるが、何故、埋立権を離れて投入土砂等が考えられないのか、不可解という他はない。

投入土砂等は、埋立権者が竣功認可をうけることによつて土地として所有権を取得することになるのだから、埋立権を離れては独自的な意味をもちにくいというのかも知れないが、しかしそれならば、取引における契約当事者の意思解釈の基準として妥当しうるだけであつて(実際、本件においても上告人は訴外産業設備営団から埋立権とともに、本件土砂区域を譲受けている。埋立権とは別に投入土砂のみの処分が行われるというのは、きわめて特殊な事情の場合であろうことは容易に推測できる)、「埋立権とは別個にこれを取引譲渡の対象とはなしえず」とまでいうのは過ぎたることといわねばならない。

(三) 土砂は、私的所有物であつて、それが埋立のため海中に投じられたからとして、私的所有物でなくなるわけではない。

従つて、その処分を禁じる、あるいは処分を知事の許可にかゝわらせるためには法律上の根拠が必要であることは当然である。

法一六条が埋立権の譲渡につき知事の許可を要するとしたのはいうまでもなく、埋立権の付与が特許の性質をもつものだからであろう。

埋立権と離れて投入土砂あるいは埋立地が処分されることを法一六条が予測しているとまではいえないにしても、投入土砂に関する権利の移動にまで、法一六条がかゝわつていると解すべき合理性と必要性はどこにもないのである。

(四) なお、法三五条一項本文が、「埋立ノ免許ノ効力消滅シタル場合ニ於テハ免許ヲ受ケタル者ハ埋立ニ関スル工事ノ施行区域内ニ於ケル公有水面ヲ原状ニ回復スヘシ」と規定し、埋立権消滅後においても原状回復義務者を元の埋立権者に固定しているので、その趣旨が一応問題となる。しかし、これは公有水面の管理という公有水面埋立法の法目的達成のため、国との関係において原状回復義務の主体を一元的に元埋立権者と固定したにすぎず、これをもつて直ちに投入土砂あるいは土砂投入による埋立地の譲渡を禁じていると解すべきものとはならない。もつとも、右譲渡を禁止する趣旨と解するのが公有水面の管理という行政目的の達成のためには――そしてそれが全てであるならば――便利であるかもしれないがしかしそれは行政目的達成のために必要な限度を越えて私法秩序に干渉しそれを乱すものであつて不当である。同条に定める原状回復義務の履行又は国の無償取得処分のなされた場合における埋立地をめぐる私的権利の清算については行政法規たる公有水面埋立法は関心を有さず、その解決を一般私法の規律に委ねているとみて何ら支障はないのである。

(五) 実際にも、本件土砂区域についていえば、三重県知事は昭和三二年九月一三日補助参加人から寄付採納をうけ、同年同月一六日これをうけ入れているのであつてこのことは、免許権者自らが、埋立権と離れて投下土砂の権利が存在しうることを認めていたことを意味する。

このように実際に徴してみても、原判決の判断は、観念的にすぎ、正当なものということができないことは明らかである。

二、民法七〇三条の解釈適用の誤り

(一) 仮に、右つき原判決が肯定され、上告人に「所有権」が移転していないとされるとしても、それがよつてきたる由縁は公有水面埋立事業の管理という行政目的達成に資するためというにすぎない。そして、本訴において問題となつているのは、正に、右行政目的達成とは全く無縁であり、実質的公平の観念に基づく私人間の利害調整の最後の手段たる不当利得法である。

更に本件においては、浦賀ドックから産業設備営団への、営団から上告人への各埋立権の譲渡につき知事の不許可処分があつたわけではなく、知事の許可・不許可処分のある以前に埋立権が消滅に帰し、知事の許可・不許可処分自体が問題となりえなくなつたというのである。かかる場合に、以下に例記する本件の極めて例外的な特殊性及び不当利得法において最も端的にその姿を現わす法の根本理念たる公平の観念に照らし、不当利得法という場合において埋立権消滅の時点において一個の社会経済的価値物として本件土砂区域が上告人に帰属していたとの上告人の主張は民法七〇三条の解釈上許容されるべきものである。不当利得法においては、「所有権の帰属は、利得と損失の間の因果関係の存否を決定する形式的な基準とはならない」のである。

(二) 以下、実質的公平の観念に照らし不当利得法上意味を有する本件における特殊事情を指摘する。

1 浦賀ドックは、その四日市造船所廃止に伴い、埋立権及び本件土砂区域を含む同所の全財産をもつて産業設備営団に対する負債の代物弁済として右営団に譲渡したものであり、右営団は戦争遂行のため国家により特殊法人として設立されたものである。

そして、終戦後全国の閉鎖機関の特殊整理を執行するため国により特殊法人として設立された閉鎖機関整理委員会がその整理措置の一環として実施した公売において、上告人は埋立権と本件土砂区域を競落して譲り受けたものである。

右の如く、埋立権の消滅以前に行なわれた埋立権及び本件土砂区域の譲渡はいずれも国の機関の関与の下に行なわれたものである。

そして、右営団への譲渡後原判決によれば、本件土砂区域の所有権が右営団に移転しないことに確定した埋立権消滅のとき以後においても、(浦賀ドックは埋立権の消滅を知悉していた。蓋し、埋立権の譲渡に対する知事の許可は譲渡人・譲受人の許可申請に基づくのに、浦賀ドックは右申請をしたことはないから)、浦賀ドックには本件土砂区域を自ら所有しているとの認識は一切なく、前記譲渡は当事者間において依然として有効とされている(甲第二五号証)。従つて、現在においては、本件土砂区域に関して浦賀ドックには何んらの損失も発生しておらず、且つ発生しないことに確定していると言える。

2 被上告人の利得の契機となつた埋立権の免許・峻功認可を行つた三重県知事に関連して次の事実を指摘しておく。

(1) 三重県知事は昭和三二年九月一八日に運輸省に対し、被上告人に新埋立権を与えるための大臣の認可を申請したが、その前提として、本件土砂区域が浦賀ドック→産業設備営団→上告人→興元不動産→補助参加人→被上告人と譲渡され、当時被上告人が適法に本件土砂区域を所有している旨報告している(乙第一三号証の四等)。

更に、三重県知事が三重県議会に提出した昭和三二年九月二八日付「公有水面埋立造成地の処分等について」と題する書面(乙第一八号証の八)には「県は大協石油株式会社から会社の所有する四日市市大字浜一色及び大字四日市地先の現に土地の形状をなす部分約三五、〇〇〇坪に所在する土砂その他の物件の寄附をうけ」と明記されている。

(2) 三重県知事が公有水面埋立法三五条に定める処分を明確に行つてさえいれば、本件土砂区域をめぐる紛争は回避されたか、又は生じたとしても本件の如き複雑な様相を呈しなかつた筈である。

ところで、知事が右処分を回避したのは、右処分を行えば当時の本件土砂区域の所有者(それを興元不動産と捉えていたのは誤りであるが)に「著しい損害」を生ぜしめるので、それを避けるためであつた。

そして、右本件土砂所有権の問題は「民法上の問題として残る」のでそれを「告示及び通知を以て関係者に確認させる」方法により妥当な解決を図ろうとしたのである(乙第一三号証の三)。しかるに、三重県知事は、上告人が本件係争物件の取引に関係していることを知悉しながら、上告人には、しかも上告人にだけは、右確認を何故か行なわなかつた。

(3) 前(1)・(2)記載の事実で明らかなとおり、被上告人及び知事においてすら浦賀ドック・産業設備営団・上告人間の譲渡が有効であると理解し、これを前提としたうえで被上告人の利得に至る以後の事態の進渉が図られたのである。

3 被上告人三重県については次の事実を指摘しておく。

即ち、三重県知事が県議会に提出した前掲昭和三二年九月二八日付「公有水面埋立造成地の処分等について」と題する書面(乙第一八号証の八)には左記の通り明記されている。

○ 県は大協石油株式会社から、会社の所有する四日市市大字浜一色及び大字四日市地先の現に土地の形状をなす部分約三五、〇〇〇坪に所在する土砂その他の物件の寄附をうけ、臨海工業地帯土地造成事業により四日市市大字浜一色及び大字四日市地先に造成する埋立地約二〇六、〇〇〇坪のうち、約一三五、〇〇〇坪の埋立造成地を全体事業完成後において大協石油株式会社に売却するものとする。

○ 売却価格は、右の約一三五、〇〇〇坪の埋立地造成に要した経費の額及び当該埋立地に対応する公共用地造成に要

した経費の額の合計額とする。

右の書面によつても、被上告人が補助参加人から受けた「土地の形状をなす部分約三五、〇〇〇坪に所在する土砂」の寄附が無効であるならば、被上告人が右「土地の形状をなす部分約三五、〇〇〇坪」の「埋立地造成に要した経費の額」を不当に利得したことは明らかである。

なお、三重県知事と三重県の関係について一言しておく。知事といい県といつても、知事自身が県の代表者であり、しかも実際の埋立行政は同一の事務部局で行われ、不当利得法上は信義則により同一人とみなすべきである。いつてみれば、無権限者たる補助参加人から本件土砂区域を譲り受けた無権限の被上告人が、自らの所管する行政権限の運用によつて行政処分の名のもとに上告人の犠牲において利得をしたものと評さざるを得ない。

(三) 以上のとおり、運輸大臣・三重県・三重県知事によつてさえ本件土砂区域の取引が有効であると解釈され、その前提のもとに公有水面埋立事業に関する行政指導・行政の運用が行われているにもかかわらず、原判決は、最初の埋立権譲渡につき知事の許可がないままに埋立権が消滅したが故に、本件土砂区域の所有権は一度も浦賀ドックから他に移転したことがないと判示する。それは、被上告人が峻功認可を受けて土地所有権を取得したことに伴う本件土砂区域の所有権の喪失という損失は、これを浦賀ドックのみが主張すべく、それに伴う浦賀ドック・産業設備営団・上告人間の関係は(被上告人の主張によれば、これに更に上告人・興元不動産・補助参加人間の関係が加わる)、各当事者間において民法に従い個別に解決・処理されるべきものであり、且つそれのみが許されるとする趣旨である。そして原判決が、かかる結果・結論を導き出す唯一の実質的根拠とするものは公有水面埋立事業の管理の便宜という単純な行政目的にすぎない。

かかる原判決の解釈は、先に指摘した諸事実に照らし妥当でないばかりか、その結果において、行政法規たる公有水面埋立法の本来予定する限度を越えて一般私法秩序に混乱を惹起するものといわざるを得ない。

先に指摘した、本件における極めて例外的な特殊事情及び実質的な公平の観念に照らし、不当利得法の上では上告人から被上告人に対する直接の利得返還請求が認められるべきものである。

従つて、公有水面埋立法一六条により本件土砂区域の所有権は浦賀ドックから他に移転したことはないとし、それにより「控訴人の本訴各請求はその余の点の判断をするまでもなく理由を欠くものとして棄却を免れない。」と判示した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな民法七〇三条の解釈適用の誤りがあり、とうてい破棄を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例